流浪オヤジの探検日記

KOBEを拠点に各種イベントや名所・旧跡を見て歩き、紹介していきます。

都そば 三宮西口店

神戸市中央区北長狭通にある「都そば」で食事しました。

 

都(みやこ)そばは、大阪市北区芝田に本社を置く大阪誠和食品株式会社が展開する立ち食いそば・うどん店です。

阪急電鉄・三宮駅の高架下に位置しています。

 

昭和37年(1962年)、東京・有楽町において創業

昭和42年(1967年)、大阪に進出しチェーン店として展開

近畿地方(大阪府、京都府、兵庫県)において36店舗が展開しています。同店の特徴はセントラルキッチン方式を採用せず、各店舗において毎日出汁を引くスタイルを継続しています。

 

「バッテラ」

バッテラは、木枠を使って四角く押し固められた酢飯の上に薄くスライスした酢締めサバと白板昆布(しらいたこんぶ)を重ねた大阪発祥の押し寿司です。

 

「都スベシャルそば」

えび天、油揚げ、玉子がトッピングされた『全部のせ』の一杯です。

 

関西風の甘みを感じるそばを美味しく頂きました。

ありがとうございました。

<(_ _)>

麺匠はなみち 尼崎店

尼崎市神田北通にある「麺匠はなみち」で食事しました。

 

麺匠はなみちは、大阪市東住吉区西今川に本社を置く株式会社おきなばし食品が展開しているラーメン店です。

豚骨と鶏ガラを煮込んだWスープを特長としています。

 

同店は、特上しょうゆ、豊熟みそ、贅沢赤みその3種類の味が用意されています。

 

麺匠はなみちは、近畿エリアを中心に7店舗が展開しているとのこと。

 

「特撰ぎょうざ」

 

「豊熟みそラーメン」

 

豚骨スープに自家製味噌を加えた美味しいラーメンでした。

ごちそうさまでした。

<(_ _)>

カレーハウスCoCo壱番屋 神戸三宮京町筋店

神戸市中央区三宮町にある「カレーハウスCoCo壱番屋」で食事しました。


カレーハウスCoCo壱番屋は、カレー専門店としてチェーン最大手といわれています。
カレーの辛さやライスの量を選べるなど、豊富なトッピングを選ぶことができ、30種類以上のレギュラーメニューや期間限定メニューなどが用意されています。

同店は、三宮センター街から三宮中央通りの方へいく途中にあります。

 

神戸三宮京町筋店は、カレーメニューだけでなく西日本初となるカレーパンなどを提供する『ココイチベーカリー』が併設されています。

 

パンは、購入後において店内でも頂けるようです。

 

タブレットでオーダーします。

 

「ソーセージサラダ」

 

「海の幸カレー」

 

エビ、イカ、あさりの海鮮を美味しく頂きました。

ごちそうさまでした。

<(_ _)>

吉野家 三宮駅東店

神戸市中央区旭通りにある「吉野家」で食事しました。

 

吉野家は、牛丼を主力商品とする大手外食チェーンストア(牛丼屋)です。
国内における牛丼チェーン店舗数では、平成20年9月末以降、すき家に次いで第2位とのこと。

 

タブレットでオーダーします。

 

「ねぎだく牛丼 (並盛)/ポテトサラダ、みそ汁セット」

 

「ポテトサラダ」

 

「みそ汁」

 

「玉ねぎ」(増量分)

 

ねぎだく(玉ねぎ増量)は、通常牛丼の4倍の玉ねぎを使用し、牛肉と玉ねぎが黄金比(1対2)となる他店では扱わない築地店(東京都中央区築地/現在閉店)限定の特殊注文(裏メニュー)だった復活メニューです。

 

復活メニューを美味しく頂きました。

ごちそうさまでした。

<(_ _)>

ヴォーリズ通り

ヴォーリズ通りは、滋賀県高島市今津町にある街路です。

 

ヴォーリズ通りは、建築家ウィリアム・メレル・ヴォーリズ(以下、ヴォーリズ氏)の設計した洋風建築が位置する歴史あるストリートです。
大正から昭和初期の建築物が現存しています。
 

ヴォーリズ氏はアメリカで生まれ、日本で数多くの西洋建築を手懸けた建築家です。
明治38年(1905年)に来日、建築事務所「ヴォーリズ合名会社」を興し、さらに医薬品メーカーとなる近江兄弟社グループ(本社:滋賀県近江八幡市)を築きました。
建築設計については学生時代に独学で学んだ設計を行い、アメリカで主流であったコロニアル・スタイルやスパニッシュ・スタイルなど様々な様式の建築物を設計。関西を中心に多くの作品を残しました。
 

「今津ヴォーリズ資料館」
大正12年(1923年)、百三十三銀行(現在:滋賀銀行)・今津出張所として竣工。
 

同銀行移転後、今津町立図書館を経て、現在は資料館として使用されています。
館内は、ヴォーリズ氏に関する資料などが展示されています。
 

「今津教会会堂」
昭和9年(1934年)、教会堂として竣工。
 

木造、切妻造、瓦葺の建物です。

 

「旧今津郵便局」
昭和9年(1934年)、今津郵便局として竣工。
 

木造、切妻造、瓦葺の建物です。
 

 建物内は、無料で一般開放されています。

 

昭和53年(1978年)まで今津郵便局の局舎として使用されました。

 

和洋折衷建築として、周囲の町並みに溶け込んだ親しみを感じる建物でした。

 

ヴォーリズ氏の偉業を感じさせる建築遺産でした。

この出会いに感謝します。

<(_ _)>

 

<帰路/JR西日本・近江今津駅>

「JR西日本223系電車」(クハ222)【新快速・姫路行き】

琵琶湖周航の歌資料館

琵琶湖就航の歌資料館は、滋賀県高島市今津町にある資料館です。

 

同館は、今津東コミュニティセンター内にてあります。

 

同館は「琵琶湖周航の歌」(以下、同歌)に関する資料の展示・保存を目的として、社団法人びわ湖高島観光協会が管理運営しています。

 

館内は、同歌に関する作曲の経緯や歌詞の変遷などに関する資料が展示されています。

 

同歌は今津町(当時:高島郡今津町/現在:高島市)にて、学生歌の一つとして琵琶湖及び周辺地域を題材にした滋賀県におけるご当地ソングです。

 

同歌の歌詞は、全6番から構成されています。

 

作詞者:小口 太郎(こぐち たろう)氏について
大正6年(1917年)、三高(当時:第三高等学校/現在:京都大学)ボート部員として琵琶湖周航中、故郷である諏訪湖に思いを馳せながら詩情豊かに作詞したとのこと。

 

作曲者:吉田 千秋(よしだ ちあき)氏について

同じくボート部員であった吉田氏が、小口氏による作詞をメロディーに乗せ楽譜を作成したとのこと。

 

同歌は、大正6年(1917年)6月28日、三高(当時:第三高等学校/現在:京都大学)ボート部の部員による恒例の琵琶湖周航の途中、初めて歌われました。
その後、同歌は三高の寮歌及び学生歌として歌い継がれていきます。

 

昭和8年(1933年)、タイヘイレコード(昭和58年廃業)から第三高等学校自由寮生徒の歌唱による初版が発売されました。

その後、昭和36年(1961年)にボニージャックスが吹き込んだのを皮切りに、ペギー葉山、小林旭、フランク永井、都はるみ、渡哲也、シモンズ、倍賞千恵子、藤圭子、水森かおり、世理奈(敬称略)など60組以上の歌手がカバーしているとのこと。特に昭和46年(1971年)に加藤登紀子さんがカバーしたレコードは70万枚の大ヒットを記録しました。

 

最新では、滋賀県を活動拠点としている『〜Lefa〜(リーファ)』(2人組音楽ユニット)が、同歌をカバーしています。

 

同館の見学を通じて、100年以上にわたり歌い継がれてきた名歌を知りました。

ありがとうございました。

<(_ _)>

 

<琵琶湖周航の歌>

~Lefa~ (リーファ) 琵琶湖周航の歌PV

西庵

滋賀県高島市今津町にある「西庵」で食事しました。

 

西庵(にしあん)は、落ち着いた雰囲気のある店内でした。

 

「海鮮丼」

 

小浜港(福井県小浜市)直送の海鮮を美味しく頂きました。

 

ごちそうさまでした。

<(_ _)>

琵琶湖汽船「いんたーらーけん」

旅客船「いんたーらーけん」は琵琶湖汽船株式会社が運航する船舶です。

 

琵琶湖汽船株式会社は、滋賀県大津市浜大津に本社を置く海運会社です。

同社は、京阪ホールディングス株式会社(本社:大阪市中央区大手前)の傘下に属しています。

琵琶湖汽船は、日本最大の湖である琵琶湖上において遊覧船事業を行っています。

 

「航路図」

竹生島(ちくぶしま)を離れ、湖西地域に位置する今津港(滋賀県高島市今津町)へ移動します。

 

旅客船「いんたーらーけん」【1番乗場・今津港行き】

 

建造:杢兵衛(もくべい)造船所(滋賀県大津市今堅田)

進水:昭和56年(1981年)5月11日

 

竹生島港・1番乗場から乗船します。

 

「1階キャビン」(旅客室)

旅客定員:170名

 

「1階オープンデッキ」(1階・船尾側)

 

「救命浮環」

 

定刻に従い、竹生島港・1番乗場を離岸します。

 

竹生島港を出港しました。

 

総トン数:56.0トン、全長:26.1メートル、全幅:5.0メートル

主機関:ヤンマーディーゼル・ウォータージェット推進×2基

ウォータージェット推進は、船底から汲み上げた水を主機(動力源)により動作する高圧ポンプで基本的に後方のノズルから勢い良く吐出する事で推進力を得る方式です。

 

「2階オープンデッキ」

 

今津港(滋賀県高島市今津町)に入港します。

 

桟橋に着岸します。

 

航程10.1キロ、所要30分の船旅でした。

当日は天候に恵まれ、快適な運航に感謝です。

 

「今津港/琵琶湖汽船観光船のりば」(滋賀県高島市今津町)

 

お陰様で湖東(長浜)から湖西(今津)までの琵琶湖横断を体験できました。

お世話になりました。

<(_ _)>

 

<観光スポット>

歌碑「琵琶湖周航の歌記念碑」

歌詞が1番から6番まできざまれています。

 

「今津桟橋/琵琶湖周航の歌発祥地」

♪『われは湖の子~」♪で知られる歌は、滋賀県高島市で生まれました。

 

「九里半街道起点」

小浜(福井県小浜市)と琵琶湖北西岸の今津港を結んだ古代以来の交通路として距離が九里半(約38キロ)あったことから名付けられたとのこと。

竹生島

竹生島は、滋賀県長浜市早崎町に属する琵琶湖北部に位置する無人島です。

 

竹生島(ちくぶしま)は、『神の住む島』として有名な島です。

琵琶湖国定公園特別保護地区、国の名勝及び史跡に指定されています。

 

同島は、周囲約2km、標高197m、面積0.14㎢の琵琶湖において沖島(滋賀県近江八幡市沖島町)に次ぐ2番目の広さをもつ島です。

平成27年(2015年)4月24日、『「琵琶湖とその水辺景観-祈りと暮らしの水遺産』の構成文化財として日本遺産に認定されています。

 

島全体が花崗岩の一枚岩からなり、切り立った岩壁で囲まれていることが特徴です。

針葉樹で覆われた中に寺社が点在する風景の美しさで古来から知られています。

 

同島は琵琶湖八景の一つとして数えられ、平家物語『竹生嶋詣』・謡曲『竹生島』にも神秘的な美しさを秘めた島として登場し、千年経た今日でも人々の心を引き付けていると言われています。

 

「祈りの石段」

数多くの巡礼者や参拝者が、祈りを捧げながら165段の石段を上ったことから名付けられたとのこと。

 

「宝厳寺」

神亀元年(724年)、聖武天皇の勅願により僧・行基が開基した寺院です。

 

「唐門」

豊臣秀吉により建てた大阪城の極楽橋の一部として唯一現存する遺構です。

 

「三重塔」

文明19年(1487年)、宮大工・阿部権守により建立。

江戸時代初期に落雷で焼失しますが、平成12年(2000年)に再建されました。

 

「本堂/弁才天堂」

本尊の大弁才天は、江の島と宮島に並ぶ『日本三弁才天」の一つといわれ、その中で最も古いのが弁才天とのこと。

 

竹生島という漢字は、島の形が雅楽などで使用される楽器の『笙(しょう)』に似ていることから付けられたという説などがあります。

 

「竹生島港」

 

「舟廊下」

唐門・観音堂と同時期に桃山様式で建てられました。

 

「竜神拝所」

竹生島の中で一番の絶景を臨める場所です。

 

「宮崎鳥居」

2枚のかわらけの1枚を自分の名前、もう1枚に願い事を書き、竜神拝所から宮崎鳥居へ投げる事で願い事が成就すると言われています。

 

「都久須麻神社/本殿」

都久須麻(つくぶすま)神社は、豊臣秀吉が時の天皇をお迎えするためにその時代の枠を集めて建てられた『日暮御殿』という伏見城内最高の建物を神殿として寄進されたものです。

 

約1時間を要して、島内の主要箇所を巡る事が出来ました。

竹生島港周辺には、多くの訪問者で賑わってました。

 

琵琶湖汽船「べんてん」【3番乗場・長浜行き】

 

オーミマリン「直政」【2番乗場・彦根港行き】

近江鉄道の子会社である近江トラベル業務部旅客船課が運航する船舶です。

 

オーミマリン「Kirari」【2番乗場・彦根港行き】

 

この後は、1番乗場に入港した今津港行きの旅客船に乗船します。

 

短時間でしたが、『神の住む島』を訪問する事が出来ました。

お陰様でパワーを頂きました。

ありがとうございました。

<(_ _)>

琵琶湖汽船「megumi」

旅客船「megumi」は、琵琶湖汽船株式会社が運航する船舶です。

 

琵琶湖汽船株式会社は、滋賀県大津市浜大津に本社を置く海運会社です。

同社は、京阪ホールディングス株式会社(本社:大阪市中央区大手前)の傘下に属しています。

琵琶湖汽船は、日本最大の湖である琵琶湖上において遊覧船事業を行っています。

 

「長浜港/琵琶湖汽船観光船のりば」(滋賀県長浜市港町)

 

「待合所」

 

「航路図」

今回は、長浜港から竹生島(ちくぶしま)を経由して今津港を目指します。

 

旅客船「megumi」【竹生島港行き】

 

建造:杢兵衛(もくべい)造船所(滋賀県大津市今堅田)

進水:平成21年(2009年)1月15日

 

総トン数:122.0トン、全長:35.9メートル、全幅:8.0メートル

主機関:ヤンマーディーゼル6HYP-ET×2基

 

乗船します。

 

「多目的ラウンジ」(旅客室)

旅客定員:200名

 

「オープンデッキ」(1階・船尾部)

 

「救命浮環」

 

「デッキイベントスペース」

 

定刻に従い離岸します。

 

滋賀県立びわ湖フローティングスクール・学習船「うみのこ」

滋賀県在住の小学5年生などを対象にした学習船とのこと。

 

学習船「うみのこ」を背にして長浜港を出港しました。

 

「屋根付きオープンデッキ」(2階)

 

「竹生島」(滋賀県長浜市早崎町)

竹生島(ちくぶしま)は、全域が滋賀県長浜市早崎町に属する琵琶湖北部に位置する無人島です。琵琶湖国定公園特別保護地区、国の名勝及び史跡に指定されています。

 

竹生島港に入港します。

 

オーミマリン「直政」【2番乗場・彦根港行き】

近江鉄道の子会社である近江トラベル業務部旅客船課が運航する船舶です。

 

竹生島港・3番乗場に着岸します。

 

下船します。

 

航程12.1キロ、所要35分の船旅でした。

当日は天候に恵まれ、快適な運航に感謝です。

 

お陰様で竹生島に上陸できました。

ありがとうございました。

<(_ _)>

HOTEL R9 The Yard 長浜

滋賀県長浜市高田町に所在する「HOTEL R9 The Yard 長浜」に宿泊しました。

 

同ホテルは、千葉県市川市に本社を置く株式会社デベロップが運営するホテルチェーンです。 

同社はデベロップグループとして、建築・不動産事業、エネルギー事業、ホテル事業を展開しています。

 

フロントにてチェックインの手続きを行います。

 

建築用コンテナモジュールを利用した1棟1客室の独立構造が最大の特徴としたホテルです。

 

各部屋が独立しているため隣の生活音が軽減されているのも特徴の一つです。

 

フロントで付与された暗証番号で入室します。

 

室内は、冷凍冷蔵庫、電子レンジ、空気清浄機などが用意されています。

 

ベッドは、シモンズ製でした。

 

水回りは、風呂・洗面・トイレをコンパクトにまとめたユニットバスでした。

 

チェックイン時に無料軽食「欧風カレー」を頂きました。

カレー以外にも色んな軽食がありました。

室内備え付けの電子レンジで温めて美味しく頂きました。

 

当ホテルシリーズは、有事の際にはレスキューホテルとして避難所等の役割を担うとの事。長浜市の防災拠点として地域に根差したホテルを目指しているそうです。

 

お陰様で快適に宿泊出来ました。

ありがとうございました。

<(_ _)>

海洋堂フィギュアミュージアム黒壁 龍遊館

海洋堂フィギュアミュージアム黒壁 龍遊館は、滋賀県長浜市元浜町にあるミュージアムです。

 

株式会社龍遊館が運営する世界初のフィギュア専門ミュージアムとのこと。

同社は、大阪府門真市柳町に本社を置く株式会社海洋堂のグループ会社です。

 

株式会社龍遊館は平成16年(2004年)に設立し、同館を平成17年(2005年)にオープンしました。

 

常設展示室

館内は海洋堂のフィギュアをジオラマ展示し、各種情景(シーン)や物語(ストーリー)を形成しています。

 

海洋堂は、ガレージキット・フィギュア・食玩等の各種模型を製作する会社です。

模型業界において高い造形技術と型破りな経営で有名な企業として造形物の精巧さや造形センスは世界屈指の水準を誇ります。

 

「海底軍艦 轟天号」

 

「ガールズ&パンツァー フルバックタンク」(エフトイズ)

 

「ディフォルメエアクラフト F-15J/DJ F-4EJ改」(カプセルA)

 

「ワールドウィングスデフォルメ1 T-4編」(カプセルQミュージアム)

 

「ワールドウィングスデフォルメ1 海上自衛隊編」(カプセルQミュージアム)

 

企画展示室ジオラマギャラリー

潜水調査船「しんかい6500」

同船は、国立研究開発法人海洋研究開発機構が所有する大深度有人潜水調査船です。

 

「対面」(アニメ・新世紀エヴァンゲリオン/第1話シーン)

主人公・シンジが父親(特務機関NERV(ネルフ)総司令・碇 ゲンドウ)からネルフ本部へ呼び出され、汎用型人型兵器エヴァンゲリオン(EVA)と初対面するシーンです。

 

映画「三大怪獣 地球最大の決戦」

昭和39年12月に公開された東宝の映画です。

 

映画「シン・ゴジラ」

平成28年7月に公開された東宝の映画です。

 

「バルタン星人」(左側)、「ウルトラマン」(右側)

 

見学を通じて、懐かしい記憶が蘇ったミュージアムでした。

ありがとうございました。

<(_ _)>

長浜ラーメン

滋賀県長浜市元浜町にある「長浜ラーメン」で食事しました。
 

長浜ラーメンといえば福岡市中央区におけるご当地ラーメンですが、滋賀県長浜市にて営業している同店は『名前が同じだから。』の理由だけで開店したそうです。

 

「ラーメン」

 味はシンプルなあっさり風味の豚骨でした。

 

滋賀県の長浜ラーメンを美味しく頂きました。

ごちそうさまでした。

<(_ _)>

 

<観光スポット>

「長浜大手門通り商店街」

 

「黒壁ガラス館」

長浜鉄道スクエア

長浜鉄道スクエアは、滋賀県長浜市北船町にある鉄道博物館です。

 

同館は、旧長浜駅舎、長浜鉄道文化館及び北陸線電化記念館の3館で構成されている鉄道博物館です。

長浜観光協会が管理運営を行っています。

 

「旧長浜駅29号分岐器ポイント」(鉄道局神戸工場製)

長浜駅の開業(明治15年3月)から駅構内で約80年間使用されていました。

 

旧長浜駅舎

敷地内に現存する日本最古の駅舎である初代長浜駅舎を保存しています。

 

東西24.5m、南北9.7m、木骨構造の石灰コンクリート造り2階建て。

外壁はコンクリート素面仕上げで、壁の厚さは50cmあり、四隅の角は花崗岩の切石を積み、窓枠と出入口はレンガが使用されています。

 

1階は駅事務所と待合室、2階は敦賀線の管理を扱った鉄道事務部門がありました。

 

1階2階ともに暖炉が設けられ、回り階段、彫刻入りの欄干など鹿鳴館調の建築様式です。

 

「1・2等待合室」

 

「休憩室」

 

「倉庫係室」

 

「世話係室」

 

「駅長室」

 

当時鉄道局の長であった井上勝の直接指揮のもと、設計はホルサムらイギリス人鉄道技師が行ない、施工は神戸の稲葉弥助が担当しました。

設計担当・ホルサム(Edmund Gregory Holtham)氏は、明治6年(1873年)年に明治政府の雇用外国人として来日し、長浜駅舎開業の前年まで8年間滞日し、帰国後著書『Eight Years In Japan』を上梓しています。

 

明治36年(1903年)に2代目駅舎が完成してからは倉庫として使われ、昭和33年(1958年)に第1回の鉄道記念物に指定されています。

 

「腕木式信号機」(場内信号機と通過信号機)

 

長浜鉄道文化館

北陸本線に関する鉄道史料や鉄道模型が展示されています。

 

東海道線がまだ全通していない明治15年、長浜~敦賀間に陸蒸気が運行していました。長浜は、日本海と太平洋を結ぶ明治政府が国運をかけた鉄道の街でした。

 

長浜は、江戸時代から京都・大阪と東海地方及び日本海沿岸地域との間の人や物の動きでの中で、大きな接続点でした。旧街道を旅した人が琵琶湖の船に乗りかえ、運ばれた荷物が積みかえられた場所でした。

 

「明治20年頃の長浜駅」(推定模型・縮尺1/150)

 

「プラレール」

 

「駅名標」(左側)、「のりば案内標」(右側)

鉄板に釉薬(うわぐすり)をかけて焼かれた琺瑯(ほうろう)製です。欠けやすい欠点がありますが、風雨に強く光沢を保ちやすいのが利点としてあります。

 

北陸線電化記念館

かって北陸本線で活躍していた鉄道車両2両が展示されています。

 

「国鉄D51形蒸気機関車」(793号機)

 

かっての北陸本線の米原~福井間は途中で険しい山地を超えるために急坂やトンネルが数多くあり、蒸気機関車が牽く列車は乗客が煙に悩まされ、列車の速度や輸送力が低く抑えられていたとのこと。

 

「国鉄ED70形電気機関車」(1号機)

 

輸送力を増すためにトンネルを新たに掘り起こし、昭和37年(1962年)に当時日本最長の北陸トンネルが開通し、福井までの電化が実現しました。

 

見学を通じて、明治頃の近代化へ向けた歴史を改めて認識できました。

ありがとうございました。

<(_ _)>

ヤンマーミュージアム

ヤンマーミュージアムは、滋賀県長浜市三和町にある博物館です。

 

同館は、ヤンマーが運営する体験や学習に重点が置かれた施設です。

 

ヤンマー(正式名称:ヤンマーホールディングス株式会社)は、大阪市北区茶屋町に本社を置く発動機、農業機械、建設機械及び小型船舶の製造・販売を行う企業です。

 

「トラクターYT120」

 

「チャレンジエリア」(1階)

体験や学習に特化したエリアです。

 

「フットボールチャレンジ」

 

「コンセプトスキーボートW20」

船が作る波によりサーフィンを可能としてます。

 

「コンセプトトラクターYT01」

無人運転を想定した自動運転トラクターです。

 

「屋根の上のビオトープ」(2階/屋上)

 

屋上から日本最大の面積と貯水量を持つ湖「琵琶湖」(びわこ)が一望できました。

 

「おにやんまの湯」(2階/屋上)

 

ブランドステートメント「A SUSTABLE FUTURE」

-テクノロジーで、新しい豊かさへ。ー【創業者精神】

2階展示エリアにおいて、ヤンマーの歩みを紹介しています。

 

ヤンマー創業者・山岡 孫吉(やまおか まごきち)

明治40年(1907年)、天満堀川に架かっていた寺町橋の東詰、大阪市北区綿屋町14番地(現在:末広町)の長屋にて『山岡瓦斯商会』を開業し、当初は工場用ガスエンジンの転売・改造を取り扱っていました。

大正9年(1920年)からは、農業用に適する石油発動機の自社製造に着手し、メーカーとしての道を本格的に歩み始めます。

 

商標ヤンマー(後の社名)は、当初、豊作のシンボルであるトンボ印で新聞広告を行っていたが、既に静岡県の醤油機械メーカーが商標権を取得していたため、代案として大型のトンボ、オニヤンマにちなんで命名されたものです。創業者の姓である『山岡』に発音が近かったのも決め手となったとのこと。

 

「ヤンマー小形横形水冷ディーゼルエンジンHB型」

 

昭和8年(1933年)12月23日、石油発動機よりも経済的だが技術的ハードルの高かった小形のディーゼルエンジン「HB型」の自社開発に成功します。

 

ヤンマーが開発し製造したディーゼルエンジンは、全般的に信頼性及び耐久性が非常に高い事で周知されており、創業当初から『ものづくり精神』という概念を21世紀の今日まで頑なに守り続けているとのこと。

 

マスコットキャラクター「ヤン坊(左側)マー坊(右側)」

同社マスコットキャラクターとして、昭和34年(1959年)からイメージ・CMソング『ヤン坊・マー坊の歌』、かつて日中の夕方や夜に放送されていた天気予報番組『ヤン坊マー坊天気予報』(冠番組)のタイトルにも冠しています。

 

天気予報番組は昭和34年(1959年)6月1日から放送開始され、平成26年(2014年)3月31日までの55年間にわたり放送されました。

 

キャラクターデザインは繰り返し更新され、令和6年(2024年)には8度目となるリニューアルが公開されました。

ヤンマーといえば、間違いなくこのキャラクターですよね。

 

見学を通じて、同館は子供を対象とした体験学習の施設であると強く感じましたが、大人でも楽しめるミュージアムでした。

ありがとうございました。

<(_ _)>